大判例

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東京地方裁判所 昭和34年(レ)481号 判決 1960年7月04日

控訴人 森田留八

被控訴人 小林登志 外一名

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、被控訴人は本判決の送達を受けた日から三月以内に控訴人から三〇万円の提供がなされたときは、その後六月を経た後別紙物件目録記載の家屋を明け渡さねばならない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人小林登志は控訴人に対し別紙物件目録記載の家屋を明け渡し、かつ、昭和三二年二月一日以降右明渡までの一ケ月一、一〇〇円の割合による賃料及び賃料相当損害金を支払え。被控訴人小林健太郎は控訴人に対し、右家屋のうち二階八坪一合を明け渡せ。訴訟費用は第一第二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、控訴人は本件控訴を棄却し、控訴費用を控訴人の負担とする旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張は、控訴人において、従来主張の予備的請求原因である解約申入の正当事由として、本件家屋(別紙物件目録記載の家屋)はすでに朽廃し修理不能であるとの理由の外、かりに修理をするとすれば多額の修理費用を要し、経済的には却つてこれをとりこわして新築する方が経済的であること、本件家屋の周辺には店舗が建ちならび市街地となつているので、建築以来三五年以上を経た本件家屋の古びた普通住宅をそのまま被控訴人等に使用させることは経済的利用価値の上からも市街地としての美観の上からも不適当であるとの理由を付加し、さらに、昭和三五年四月一一日の口頭弁論で、以上理由に併せて、裁判所の適当と認定をする明渡料を被控訴人小林登志に支払う用意のあることを右正当事由の一に追加し被控訴人等において控訴人主張の右経済的理由、市街地美観上の理由の存在を否認し、明渡料支払提供もなお正当事由を満すものでないと主張した外、原判決の事実摘示と同様であるからこゝにこれを引用する。

証拠関係は控訴人において当審における検証の結果、控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴人等において被控訴人小林健太郎の本人尋問の結果を援用した外、原判決に摘示のとおりであるからこゝにこれを引用する。

理由

一、控訴人が本件家屋の所有者であること、控訴人と被控訴人小林登志との間に控訴人主張の経過で同主張のとおり賃貸借契約関係が成立していたこと、被控訴人小林健太郎が少くとも控訴人主張の本件家屋部分を占有使用していること、控訴人がその主張のとおり被控訴人小林登志に対し無断転貸理由で契約解除の通知をし、それが同被控訴人に到達したことは当事者間に争がない。

二、右無断転貸を理由とする控訴人の契約解除については当裁判所も原判決理由と同一理由でその効力を発生しないと判断するから、こゝにこれを引用する。

三、そこで控訴人の本件家屋賃貸借契約解約申入によつて同契約は終了したものであるか否かをみるのに、まず、控訴人の当初解約申入の当時及び現在右契約に期間の定のあることについて控訴人の主張がなくまた被控訴人等も主張をしていないので期間の定のないことについて当事者間に争のないものとすべきであり、したがつて右解約申入には正当な事由がなければならないとすべきところ、控訴人がなおその解約を主張して本訴を維持しているのであるから、右正当事由の有無は、右解約申入をした当時以後に付加する事由をも併せて考え得るとともに、その事由の判断は控訴人及び被控訴人小林登志の双方について生活事情その他いろいろな事情を公平に考慮することはもちろん、例えば、一部賃貸部分の解約、または被控訴人等に対する転居先家屋の提供、明渡料の提供等条件を付する場合をもしんしやくして相対的になすことができるものと考える。

以上の見地から、本件をみるのに、成立に争のない甲第一号証、原審及び当審における各検証の結果及び控訴人本人各尋問の結果、原審における証人森田カツ、同後藤将の各証言及び被控訴人小林登志本人尋問の結果、当審における被控訴人小林健太郎本人尋問の結果、右後藤将の証言及び控訴人本人の各尋問の結果によつて真正に成立したと認める甲第四号証を綜合すると、

(イ)  本件家屋はもと大正一二年頃他の場所に建築されたものであつたが、昭和二年頃現在の場所に移築されたものであつて昭和二二年頃大水害にあつて床上三尺以上の侵水を受け、当時階下分障子が使用不能となり、柱、根太、土台、壁も破損したので、その頃被控訴人等がその費用で根太及び土台をかえ、柱に根つぎをしたが完全なものではないこと、壁にはベニヤ板や紙をはつて現在一時をしのいでいること、家全体がすでに甚だしく古びていて外壁板は黒ずんでゆるみ、一部は外れており、雨戸はしきいが腐つていてほとんど使用されておらず表下屋のトタン屋根は波状にゆるんでいること、その他の建具類のたてつけはとくに悪い程ではないが、畳は全部うすべりを引いて使用されていること、そしてこのまゝ住居として使用するには今後数年間その使用に耐えられないとは見えないが、例年の台風時期には屋根(トタン葺)、外板壁等にかなりの破損は免れず、大風水害ともなれば土台、根太がずれて家が傾くようなことになるかも知れない状態と思われ、そのような危険を予防するための修理には部分的な修理は不可能で新築同様な大修理を要するであろうこと

(ロ)  本件家屋はバス路線の大道路から四〇メートル程入つた巾一二メートルと巾八メートルの道路交さ点角にあつて、附近は小売商店の並ぶ商業地であり、目下のところ正面右隣及び前面道路の向側には平家のそまつな家があり繁華な商店街とはいえないが、本件家屋以外は何等かの店舗に用いられていること、本件家屋でも被控訴人小林登志の亡夫であり被控訴人小林健太郎の亡父であつた亡久之助が約一八年位前まで薪炭商を営んでいたが、被控訴人等は本件家屋を専ら住宅として使用していること

(ハ)  控訴人は別に金網製造業を営んでおり、本件家屋の外にこれに隣接する平家建一棟二戸建の店舗兼住宅を有しし、これを他に賃貸しているが、数年前から本件家屋と右隣接の家屋をとりこわし、その跡に階下を四分の店舗兼住宅とし二階をアパートとする家屋を新築する計画をたてゝ、その資金の目当も立てゝいること、そして隣接家屋の賃借人等はその計画による立退をすでに承諾していること

(ニ)  被控訴人小林登志は六五才の未亡人で、その長男の被控訴人小林健太郎夫妻及びその子三名(長男一三才を始めとして)、被控訴人小林登志の次女(一九才)、次男各一名計八名で本件家屋に住み、すでに亡夫久之助時代以来二八年間本件家屋で過していること、被控訴人小林健太郎は病身で旋盤工をし、右次男は三二才になるが智能程度が通常でなく日雇位の仕事しかできず、被控訴人等家族はそれ等の低収入でようやく生活しており、控訴人から右新築後の店舗一戸を引き続いて賃貸すべきことの申入を受けても何かの営業を始める考はなく、改めて権利金を支払つて右申入に応ずる気持がないこと、しかも、家族が多く低収入のため他に適当な転居先を見つけ難い状態にあること、しかし、賃料の額及び広さの点をしばらく別とすれば、被控訴人等がとくに本件家屋に住まなければその収入の確保、生活の維持ができないような特別の事情もないこと

等を認めることができ、右認定を反する証拠は別にない。

以上の諸事情を考慮すると被控訴人等にいまにわかに本件家屋からの退去を無条件に求めるのはその同家屋での永年の生活を乱すものであり、従来の賃料程度の適当な転居先を他に探し出すことも困難であるところ、控訴人の本件家屋とりこわし及び店舗兼アパート新築の希望は専らその経済上の理由に基くものと思われるから、右のような無条件解約申入に正当な事由があるとはいゝ難いが他方前記立地条件の場所で前記低家賃のまゝすでに考朽した本件家屋を住居として右被控訴人に賃貸することを続けるように、控訴人に強制することも妥当でなく、控訴人の本件家屋敷地の利用、その利用により増加するであろうと思われる収益と被控訴人小林登志の本件家屋を立ち退くことによつて受ける経済上、精神上の打撃を考慮に入れるときは、控訴人において右被控訴人に対し明渡料として三〇万円程度を提供し、その提供後六ケ月程度の明渡準備期間をおくならば、右被控訴人においてその間に適当な広さの比較的低家賃の住宅を探し出し、相当年数に亘つて従来の賃料に超える家賃の差額支払を補充することも可能となり、その間に被控訴人の家族状況も孫の成長その他で好転こそすれ、悪化するとも考えられないので、控訴人が右被控訴人に三〇万円を提供し、その後六ケ月の明渡猶予期間をおくという条件を附して本件家屋賃貸借契約の解約申入を正当な事由のあるものと判断する。しかも右被控訴人に適宜の明渡料を支払う用意のあることは控訴人がみずから主張しているところである。

三、ところで、控訴人は本件訴訟では右明渡料の額を明示することなく、たゞ裁判所の認定に任せているのみであり、明渡の猶予も申し出ていないので、本判決が被控訴人小林登志に送達されたときに始めて右明渡料の額及び猶予の条件が確定的に同被控訴人に判明するに過ぎず、しかも控訴人が果して本判決の示す明渡料の提供をするか否かを保し難いので、このような不明確な条件を付した解約申入を適法となし得るか否かに問題がない訳ではないが、借家法に定める家屋賃貸借契約解約申入の正当事由はもともと契約当事者双方のいろいろな相対的な事情を比較考量して決すべき事項であるから、裁判所が条件を付し、或は賃貸人申出の条件を変更して正当事由を判断することも許されるものであることは前記説明の理から当然に導き出されることである。したがつて、本件家屋賃貸借契約の解約申入は本件判決被控訴人小林登志に送達されて、右諸条件が同被控訴人に対し明確にされたときに始めて正当事由をそなえることになるものであるが、このような結果は判決による相対的な正当事由の認定をする以上止むを得ないことであつて、最終の口頭弁論前にすべて以上の正当事由が充足されていることを必要とする理由はない。また、したがつて、右契約終了の効果は本判決が右被控訴人に送達された後六ケ月を経過したときに発生するものであるが、前記認定の諸事情からすれば、以上の正当事由とするものが、今後六ケ月ないし一年位の間に控訴人の不利に変更されるような格別の事情は認め難いので、不当な結果をもたらすおそれもなく、たゞ本件係争関係を長期間にわたり不安定におくことは避けるべきであるから、控訴人の右明渡料提供は本判決が被控訴人に送達された後三ケ月以内であることを必要とし、かつ相当と考える。右三ケ月以内に前記明渡料の提供がなければ右解約申入の正当事由は消滅して、本件賃借契約終了の効果は発生せず、その三ケ月以内に右明渡料の提供があれば、右契約の終了時期にかゝわらず、その提供の後六ケ月を経過した後に被控訴人小林登志は控訴人に対し本件家屋を明け渡さなければならない。

四、しかし、被控訴人小林健太郎は被控訴人小林登志の家族として同人とともに本件家屋に住んでいることは前記引用の原判決理由に説明のとおりであるから、独立の占有を認め得ず、被控訴人小林健太郎に対しては被控訴人小林登志と別個に明渡の請求を許すことはできない。

五、前記判断のとおり控訴人と被控訴人小林登志との間の本件賃貸借契約は現在未だ終了していないものであるところ、賃料については同被控訴人において弁済供託をしていることは控訴人において明に争わないからこれを自白したものとみなすべきであり、その供託前控訴人が右被控訴人からの弁済の受領を拒絶もしたものであることは原審における控訴人本人尋問の結果からうかゞい得られるので、控訴人の賃料請求は失当である。

六、本訴提起以来すでに二年以上を経過していることと本件係争の状況からして被控訴人が前記期間を経過して本件家屋賃賃借権を失つてもなお任意に同家屋を控訴人に明け渡すことは期待できないと認められるので、控訴人の被控訴人に対する本件家屋明渡の請求は、本判決が右被控訴人に送達され、前記期間内に前記金員の提供がなされた日から六ケ月を経過した日以後の将来の請求として、上訴があれば、被控訴人の右明渡義務を命ずる部分のみが確定しないことになる。)これを許すべきものであるが、その余の控訴人の請求は失当であり、原判決は結果において右判断と異るのでこれを変更し、なお、執行の宣言は適当でないのでこれを付さないこととし、民事訴訟法第三八六条第九五条、第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 三渕嘉子 金沢英一)

物件目録

東京都葛飾区本田川端町六四〇番地所在

家屋番号同町二五四番

木造亜鉛葺二階建居宅兼店舗一棟

建坪八坪一合(実測八坪九合)

二階八坪一合

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